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大津簡易裁判所 昭和39年(ろ)95号 判決

被告人 瀬津一男

大一三・一〇・一七生 クリーニング業

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は「被告人は、昭和三九年七月二七日午後三時四〇分ころ、京都府公安委員会が道路標識によつて一方通行と指定した京都市東山区山科音羽稲芝町先地蔵道において、不注意により同所が一方通行と指定されていることを確認しないで一方通行の出口方向から入口方向に向い普通乗用自動車を運転通行したものである」というのである。

そして地蔵道が、南は京都市東山区山科稲芝町三二番地先奈良街道との交差点から、北は同市同区山科音羽草田町七番地先国道一号線との交差点までの間、午後七時から午後九時まで、京都府公安委員会により二輪以外の自動車(但し定期観光バス以外の一般乗合旅客自動車を除く)の南行を禁止されていること、被告人が公訴事実記載日時に普通乗用自動車を運転して右地蔵道の入口から奈良街道に出て南行し、東山国道との交差点で警察官の取締を受けたことは京都府公安委員会告示抜萃および当裁判所の証人古閑堅尋問調書により明らかである。

ところで検察官は、被告人が、奈良街道から山科四宮に通じる道路を西進し、地蔵道の入口から北方約三百米のところにある音羽農業倉庫付近交差点で左折して地蔵道に進入し、同道路入口まで南行したのであり右農業倉庫前には前記禁止の趣旨を表示した車両進入禁止の道路標識があつたと主張するのに対し、被告人は音羽川北側堤上道路を東進し、地蔵道入口から北方約三十米のところにある森橋北詰で右折し、同橋を渡つて地蔵道をその入口まで南行したのであつて森橋付近には南行を禁止する何らの道路標識もなかつたから被告人の所為は何等犯罪を構成するものではないと主張するのでこの点について判断する。

古閑堅作成の道路交通法違反現認報告書、被告人の供述調書および京都府公安委員会告示抜萃によると、被告人が公訴事実記載日時検察官主張の経路を通つて地蔵道を南行した旨の記載があるが、前記証人古閑堅尋問調書および被告人の当公廷における供述によると被告人を取り調べた古閑巡査は、被告人が地蔵道入口から出るところを現認したのみで、どこから地蔵道に進入したか、地蔵道のどの区間を進行したのかは全く見ておらないこと、右の様に記載されたのは古閑巡査が被告人に「農業倉庫の横の道から来たのですね」と問い、被告人が農業倉庫の所在もはつきり知らないまま、警察官に逆らわない方がよいとの判断の下に「そうです」と答えたことによるものであり、また被告人がそのように答えたことには同巡査が過失による違反と認定する意味で「知らなかつたことにしてやろう」といつたのを被告人が説諭処分に止め事件にしないでおいてやろうという意味に誤解したことも預つていること、以上の事実が認められるので、右記載は直ちに採用する訳にはいかない。そして被告人の当公廷における供述によると被告人は昭和三九年六月から森橋西方約五百米のところにある立石という顧客の家に寄つている時、森橋付近に新築の家を発見し新規に顧客先を開拓するため同所から音羽川北堤に出、同堤上の道を東進して森橋手前に至り同所に顧客先を開拓したこと、それ以来本年七月二七日まで四、五回右経路をとり森橋から地蔵道を南進していると述べており、この供述は当裁判所の検証調書により立石方から森橋に至る道はかなり狭いけれども被告人の普通乗用自動車が充分通れることが認められることおよび被告人の職業柄右供述の様な行動をとることが極めて自然であることからして信用できるものと考えられるので、被告人はその主張どおり音羽川北側堤を東進して森橋のところから右折し地蔵道を南行したものと認める。

そして当裁判所の検証調書によると、音羽川北側堤上の道路から地蔵道に出る交差点付近には、右折して地蔵道を南行することを禁止する旨の何らの道路標識もないことが明らかである。

道路交通法第九条第二項、同法施行令第七条第一項によると、道路交通法第七条第一項の規定に基き公安委員会が通行の禁止制限を行う場合は、道路標識等を設置して行わなければならない旨規定されているから、公安委員会の行う道路の通行の禁止制限はその処分の内容を標示する道路標識を設置して行わなければ法的効力を生じないものと解されるところ、道路標識区画線及び道路標示に関する命令によると「一方通行」とは当該道路において一定の方向にする通行を禁止する場合の通行方式をいうのであるから「一方通行」を指定した区間の入口及び区間内の必要個所に「一方通行」の規制標識を立てるほか、その出口等所要個所に「車両進入禁止」又は「指定方向外進行禁止」等禁止方向に進行する車両の通行を禁止すべき内容の規制標識を立てることが必要とされる(最判昭和三七年四月二〇日例集第一六巻第四号四二七頁参照)のであつて、前記の如く森橋北側交差点に何らの規制標識も立つていなかつた本件においては、音羽川北側堤を東進して森橋北側交差点で右折して地蔵道に進入し南行した被告人に対しては京都府公安委員会の一方通行の告示は有効に効力を生じていなかつたものといわねばならない。

従つて被告人の本件所為は何ら罪とならないものであるから刑事訴訟法第三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判官 北沢和範)

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